「自分より下の奴らを、かさで強く叩きました」
『鬱夫の恋』について、考察と感想を書いていきます。後半部分はネタバレ注意。
おすすめ度:★★★★★
プレイ時間:1~2時間
(2017/9/30 加筆修正)
「自分より下の奴らを、かさで強くたたきました」これは作中に出てくる言葉であり、ロックバンド・THE BACK HORNの『ジョーカー』(イキルサイノウというアルバムに収録されており、私も記事(THE BACK HORN『イキルサイノウ』の個人的経験を交えた感想とレビュー)も書いてます)という曲の歌詞の一部でもある。
『鬱夫の恋』をプレイするに当たって意識せずにはいられない、スクールカーストや、「人間、誰かに攻撃されたらより弱いものを攻撃せずにはいられない」ということを象徴的に表しているように感じられた。
本作のストーリーのあらすじ自体はシンプルだ。クラスのDQNやイケメンにいじめられ、苦しむばかりの日々を送っているウツオが、詩織という女の子と出会って話が動き始める。
このゲームはなぜ、プレイした者の心を動かすのだろうか
それは、『鬱夫の恋』が「ゲーム」であることをうまく生かしているからだと思う。「小説」ならば、基本的に読者は自分で行動を「選択」することはない。
「ゲーム」ならば、「プレイヤーのが選んだ行動に対してゲームが反応する」という形で進行していく。
「小説」ならば、基本的にそういうことはないはずだ。どんな一本道のゲームでも、やらされてる感のあるゲームでも、そのコードはおそらく変わらない。選択の程度は変わるにしろ。
本作では、プレイヤーの選択の幅が狭い。行動は制限されている。
上記のコードの中で、あえてそうすることによって、いじめという行為の中での「選択のできなさ」「逃げられなさ」「どうしようもなさ」というものが表現されている。
また、「RPGのお約束」というものをうまく利用している。
コマンド式の戦闘という形で、「人の目」との戦いが行われたり、修正液のかけられたお弁当をどうするか、プレイヤーは選択を迫られる。
父親は死別し、女手一つで自分を育ててくれている母親が作ってくれたお弁当を、修正液をかけられたとは言え、捨てたくない。
プレイヤーは色々試してみるが、でもやっぱり食べられない。渋々、「ゴミ箱へ捨てる」を選ぶしかない。
――こういうプレイヤーへの働きかけは、ゲームならではのものだと思う。
さらに、グラフィック面でも「RPGのお約束」がうまく使われている。
鬱夫の外見はゾンビ、イケメンは西洋風の鎧をきた勇者。スクールカーストや力関係、目立つ点などが抽象的に表されている。戦闘で出てくる敵キャラも、現代アートを連想させるような抽象的で、視覚的に歪んだものだ。
ダウンロード
作品のダウンロード(作者様のサイト、更新されている…! 読むと作者の方のバックグラウンドを知る事が出来る)(別途RPG_RT.exe、ツクール2000RTPが必要。無い人はググってね)
作者さんの公式サイトの「実体験」と、反転文字の件
作者さんのHPに、現在は消されているが、以前は反転文字で凄まじい情念に満ちた言葉が書き殴られており、話題になっていた。私の曖昧な記憶では、2014年~2015年頃に消されたはず。
そしてその代わりに現在では、鬱夫の恋のもととなった実体験が「遺書代わり」に綴られている。どういう言葉で表現すればいいかわからないくらいの悲痛な体験だ。安易に人に勧められるものでもないと思いますが、せっかく作者さんが公開してくださったものなので、興味がある方は読んでみてほしいと思った。
以下、ネタバレに注意。
ネタバレの部分を飛ばす