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この前、ヒトカラに行ってきた。久々に。

空気読んだ選曲とか、多人数カラオケとか超つまらんと思ってるけど、歌うこと自体は楽しい。一人で3時間くらい居た。こんな音楽エッセイを書きたくなるような、懐かしいような感傷的な気持ちになった。


カラオケボックスに入るなり、鬱な邦楽ロックアーティスト・ムックとかバックホーンを叫び始めた。未だに言葉にしきれない苛立ちを叩きつけるかのように、感情を込めて歌う。

これらのアーティストは、自分が命を救われるレベルで支えられたきた恩人であり、出会えなければ他人か自分かはわからないけど、死人が出ていたと思う。


しばらく叫ぶとのどが疲れてきたので、別のジャンルの曲にしようと思ったけど、すぐには思いつかなかったからデンモクで人気曲を雑に入れた。

ミスチルと、シャ乱Q「シングルベッド」の歌詞の”車”の意味

懐かしのポップスが流れ出した。ミスチル(Mr.children)か、一時期ちょっと好きだったけどやっぱり嫌いになって、でも改めて聴いて自分の中で再評価され始めていたような曲だった。

何だかんだでスキルはすごいんだよな……。あるいは他の、今でも好きになれないアーティストですら、自分よりもはるかにスキルが上だという現実に少し打ちのめされた。本当はどう反応すべきなのか、どう受け止めるべきなのかはわからない。ただの率直な心の動きだ。


次の曲はシャ乱Qのシングルベッドだった。「それでもこの年齢まで俺が 育てた裸の心は おシャレをしても 車替えても 結局変化もないまま」という歌詞に時代を感じた。


「車替えても」って言うけど、今の若者は車を替えるどころか、車自体を所有していない。する余裕もない。そもそも田舎じゃなければ持つ必要もあまりない。

要は、”車を所有していることがかっこいい”という価値観に古さを感じた。ジェネレーションギャップを感じた。

でもこの曲はこれでいいんだと思った。きっとこの時代の風景をうまく切り取るためには、「車」というアイテムが必要なんだと思う。
「車」が今で言う「馬車」とか「汽車」みたいな扱いになる時代が来ると、さすがに共感しにくくなってしまうのかもしれないけど。

今のHIPHOPで言う「遊戯王カード」みたいなものだ。今のシーンの中心の世代はだいたい遊戯王世代なので、「遊戯王」関連の歌詞がよく出てくる。あとは「ゲームボーイ」とか。ニンテンドーDSじゃなくて。

話が少しそれ始めたけど、自分は結局、こういう分析的な話をするのが好き。だからブログもやってる。


2000年代後半の(20代・30代の)懐かしいアニソン、「涼宮ハルヒの憂鬱」「らきすた」

そして懐メロ繋がりで、アニソンにたどり着いた。自分がアニメをよく見ていたころは、「涼宮ハルヒの憂鬱」や「らきすた」のような京アニ全盛期だった。当時のアニメシーンはかなりの熱気があった。
自分もドキドキしながら見ていた。今はもう「けものフレンズ」とか「魔法少女まどかマギカ」クラスの話題作しか見なくなってしまったけど。

ハルヒとからきすたの曲を、アニメの映像をぼんやり眺めながら歌っていると、ふと昔の友人の顔を思い出した。

ああ。この曲を前に歌ったときは。そういう時期だったのか。10年前とかだもんな。


あの青き時代へと心が還っていた。今頃、彼らは何をしているんだろう。はっきりとはわからない。

自分達が築いた関係は、結局、脆弱な仮組の小屋だったのかもしれないけど、どこにも繋がっていなかったのかもしれないけど、それでも何か意味があった気がする。今でも胸に息づいてる。

あのとき出来なかったこと、あのときわからなかったこと、あのとき伝えられなかったこと。「あの時のメロディーが思い出させる。」(「シングルベッド」シャ乱Q)

それはもう戻らない。二度とは戻らない。今ならもっとうまくやれるのに、悔しいな、と思う。だからこそ美化されるのかもしれないが。


絶望的な日々を分かち合えたのか、それともお互いに全く別の方向を向いていたのかは今でもはっきりとしないし、それは淡い幻影なのかもしれないけど、それでも悪くない夢だった。

ただ「淡い夢の美しさを描きながら傷痕をなぞって」(「God knows...」涼宮ハルヒ)いるようで、その周辺に意外と悪くない思い出を発見してしまった。


ライブダムの端末から映像が出力され、液晶に映し出された「ハルヒ」のアニメの妙に明るい光に照らされながら、ひとりでしみじみとそんなことを思っていた。あの時代の熱の残滓を感じながら、ぼやけたような陶酔感に浸っていた。

(この感覚は、村上春樹の『1973年のピンボール』の後半の感じに似ている。)


しばらくして、ビートルズの「Yesterday(イエスタデイ)」を最後に歌って、帰ることにした。

”I said something wrong ,Now I long for yesterday”



このエッセイに出てきたアーティストとか音楽とかアニメの話

1973年のピンボール (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
2004-11-16

村上春樹初期の小説なので癖もそれほどなく、短めでかつ過去を振り返るかのような感傷的な気持ちに浸れる名作。すごく読みやすいので、普段あまり小説を読まない方にも。

(この記事はnoteに投稿したものを少し編集したものです。評価が比較的高めで自分でもお気に入りなのでブログにも載せておくことにしました)


  
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konoha  konoha/コノラスTwitter [つぶやきと更新通知]note [喜怒哀楽に全力な日記]

 「良い作品と出会い、より深く楽しむためのレビュー・批評、そして思い出」を発信しているブロガー。好きなゲーム・音楽・文学などを全力で語る。嫌いな言葉は「明るく」「協調性」「頑張る」。学校が嫌いだった。近頃はnoteで、過去の重い話や好きなことで生きていくための歩みを書いている。

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