影絵の木の葉 - フリーゲーム/RPG等のレビューと感想

 自称・ゲーム/ニコ生評論家が文化的なことについて、熱っぽく本音で語っていきます。

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純文学・小説・読書

谷川俊太郎 二十億光年の孤独 を読みながら(感想)、自分も詩を書いていく:「灰色の小人たち」「朝の喫茶店」

まえがきとしても - 谷川俊太郎『二十億光年の孤独』の紹介と感想

本屋で偶然見かけたことをきっかけに、谷川俊太郎『二十億光年の孤独』を少しずつ味わいながら読んでいます。ネット上なら谷川俊太郎/ポエトリージャパンで少し見られるようです。

谷川俊太郎は、十代の頃に書き溜めたこの詩集『二十億光年の孤独』で1952年にデビュー。解説によると、当時の詩壇(思想的な詩が中心だったらしい)に対して全く違ったタイプの詩を書く新人として現れました。
「二十億光年」という言葉にすでにあるように、とてもスケールの大きい視野で(宇宙に関する言葉も頻出)、戦後からの生活・社会・自然・人間・歴史などを見つめる詩を書いています。

私は彼の詩の、形而上の抽象的な言葉と具体的な言葉とを組み合わせ関連させる、その飛躍が面白いなと感じました(例: "時間に 雲が乗らない" 「梅雨」より、 "一瞬の運命論を 僕は梅の匂いにおきかえた" 「春」より)。
宇宙的な視野のせいか、感傷とか個人の感情というものが米粒みたいになるまで遠くから俯瞰されているようで、さらっとしながらもどこか物悲しい不思議な感触。私が読んだ集英社文庫の本には自筆のノートも収録されているのだけど、その字を見ると意外にまるっこくてかわいらしい字なのが印象に残った。

二十億光年の孤独 (集英社文庫)
谷川 俊太郎
集英社
2008-02-20



とくに気に入った二つの詩、「」「かなしみ」について引用しながら少し語っていきます。

かわいらしい郊外電車の沿線では
春以外は立入禁止である

「春」より

郊外電車の沿線が春の色に染められているという光景を、「春以外は立入禁止である」という言葉で表現するのがすごいな。たんぽぽの黄色い花とか、風の匂いとか、青い空とか、沿線はそういうものに満ちていて、そして立入禁止にされた「春以外」のものが、うらめしそうに遠くでこちらを見ていそうな気がする。


透明な過去の駅で
遺失物係の前に立ったら
僕は余計に悲しくなってしまった

「かなしみ」より

「過去」と「駅」という言葉を組み合わせるのが好きです。すごく象徴的で、精神世界において力を持っていそうな言葉。しかもそれが「透明」だと形容されている。そして「遺失物係」。何を失くしたのだろう。
係員はどんな人なんだろう。たぶん都会的な匿名性を持っていて深く関与してこないんだろうな。「透明な過去の駅」では人格を持った人間は、「僕」一人なのかな。孤独なんだけど、感傷的な孤独ではない。人とのかかわりの中で感じる孤独というより、広い世界に一人きりという感じ。

というわけで拙作も「灰色の小人たち」「朝の喫茶店」

この詩集を読みながら、自分でも詩を作ってみました。詩でも小説でもゲームでも、自分でも作ってみるとより深く味わえて良いと思います。おすすめの方法です。


灰色の小人たち

僕らは燃える生命力を封じ込んだ本を読む
灰色の小人たちは大声で騒ぎ立てる

僕らは沸騰する血を巡らせて肉体を鍛える
灰色の小人たちは大声で騒ぎ立てる

何をそんなに恐れているんだい
きっと置き去りにされるのを怖がる迷い子なんだろう


少年の日
木漏れ日と古びたカーテンの教室と埃のにおい
僕らはそこに何か忘れ物をした

あるいは あの木のしたの地中42kmに
まだそれは埋まったままなのかもしれない


今日という日
黒衣の追跡者が復讐を企てている 顔は見えない
あの人かもしれない 違うのかもしれない

何かが僕らを苛んでいる
暮らしの至る所で 食事中もニュースを見ている時も


もう誰でもいい どう思われても構わない
刺し殺してくれ お好みの声色と視線で

君が見ている僕は 君の心の中にしかいないから


完全な証明なんて誰にもできない
小学生じゃないんだからわかってよ
みんなその中で 少しでも前に進もうとしているんだよ
粗探しして 人の足を引っ張っているだけの君には粗がないのかい

幼き否認で積み木崩そうとしてんじゃねえ


自分だけは全部わかってる? 自分だけが演技して人を操ってる?
君だけが少しもわかってなくて 何も通用してなかったね
取り残された一人舞台の密室ピエロさん


だからそんなに怒りっぽくて 何度も何度も同意を求めて
そのたび裏切られて それでも承認を求めて裏切られて絶叫して

耳を塞いでいるから聴こえない
色眼鏡で見ているから歪んで見える
理解しようとしていないから理解できないんだよ

どんな仮面をかぶっても見え透いてんだよ
醜い本性と鉄のような頑なさが

たった一つの正解と、その他の多数の不正解で満たされた
君の世界の景色はどうだい? 自称・正義のヒーローさん?

とんだ茶番だ


「わたしの言う通りにしないと地獄に落ちる」

もう地獄に落ちてる人に 底の底から呼びかけられてもねえ

あの人はきっと、今日も苛々しながら大げさなため息をついているのだろう
一人きりの独房で



僕らは淡々と石を積む
誰かにに崩されるまで 賽の河原でも

あのころ何を求めていたのだろう、
迷い、混乱し、溺れて藁をもつかもうとして、鮮烈な期待と痛烈な落胆に苦しみながら…
それはきっと今も

思えば遠くまで来たもんだ


灰色の小人たちは大声で騒ぎ立てている
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(支援中)"東日本大震災を経験した人の言葉を集めた文芸誌を作りたい!"(藤田直哉)を応援しています。私の震災と残された傷痕。【クラウドファンディング】

「傷」の言語化と共有の重要性

東日本大震災を経験した人の言葉を集めた文芸誌を作りたい!(CAMPFIRE)

少額ですが、支援させていただきました。
募集終了までは、あと3日です。最低額(3000円)でも、集まった作品を読み、感想をフィードバックするための特設サイトにアクセスできるようになりますよ。コンビニ払いも可。

クラウドファンディングというのは、簡単に説明すると、ネットを介して不特定多数の人間から資金提供を募ることです。

ところで、私は「見た目がいいこと」や「偽善っぽいこと」が嫌いだ。もちろん、今回の試みやその他のたくさんの方の善意、行動、支援等を非難するつもりはまったくなく、「見た目」だけで本質が伴っていないことが嫌いだという意味だ。
そんな私が、「社会的にいいこと」に対しての自らのコミットメントをアピールするようなこの記事をなぜ書こうと思ったのか(どんな形でも、一円でも多くの資金が集まればいいと思うけど)、お時間のある方は少し聞いてほしい。このクラウドファンディングは、私にとって他人事だと思えなかったのだ。

支援に込めた想い - 私の震災と残された傷痕

東日本大震災のあの日、出不精な私にはかなり珍しく海外にいた。

なので、あの揺れやその直後の混乱については、ニュースで伝え聞くだけで、リアルな感覚を共有していない。
英語のニュース番組で、earthquakeがJapanで起きた、ということを目にしても、どこか信じられないというか、大きな災害が起きたということの現実感に乏しかった。私の頭の中は、慣れない海外の観察と行動で埋め尽くされていた。

こういう経緯もあってか、帰国しても震災はどこか遠くの世界で起きた出来事のような感じがしていた。ではなぜ、今回のクラウドファンディングに身銭を切って支援しようと思ったのか。(私はどちらかと言えば貧乏なほうなので、少額とはいえ自分にとっては大きいことだ。)

それは、衝撃的な出来事の経験・思考・感情を文学として共有することが大切だと思っているからだ。


震災はたくさんの方々の肉体と精神、生活と人生に傷を残した。その「傷」が私にとって他人事には思えなかった。
私もとある過去の出来事によって深い傷を負った。今もまだ苛まれている。その傷の癒しにおいて、文学や音楽などの芸術の力が占めた割合はとても大きい。

幸運にも他者からの豊かな支援を受けられたらいいが、そうではない場合も世界には厳然として存在する。ちょうど私のように。

文学を始めとする創作は、人類の共有財産だ。そこにアクセスすることは、他の手段で回復を試みるよりはずっと容易に始められる。しかも大きな効果が見込まれる。


まだまだ、苦しんでいる方がたくさんいるのだろう。原発の事故もあったせいか偏見もあり、最近でもそれが原因で子どもがいじめの被害にあったというニュースも聞く。あまりにも悲しい。
あれ、問題を解決すべき立場の教師が主体的にかかわっていたんだっけ。近頃、そういうの多いね。みんな病んでいるのかな。それとも太古の昔から繰り返されてきたことなのか。職業や立場の前に、みんな人間だということなのか。


技術的には洗練されていないし、高度でもない。しかし、そこに描き出されている出来事、感情、思考には、私を突き動かす何かがある。〈リアル〉の手触りとしか言いようがないものがある。(藤田氏のコメントより引用)

本ブログはフリーゲームを専門的に扱っておりますが、こういうの好きです。共通点を感じます。あるいは、おすすめの名作・傑作けいおんSS 10選とその感想まとめ 【鬱・切ない系多め】のようなものとも。けいおんというアニメの二次創作SSは、震災とはほぼ関係ありませんが、たくさんの「傷」の言語化と共有という点では共通していると思います。あるいは、ネット上の掲示板等にもそんな匂いを私は感じ取っています。あまり何でも一緒くたにしないほうがいいのかもしれませんが。

簡単には言葉にならないような複雑なこと、人に言ってもどうせ伝わらないと思って口にするのをためらってしまうようなこと。とても孤立していて孤独ではあるけれども、決して消えてはならないような言葉が、きっとあるはずだと思うんです。


東日本大震災を経験した人たちの「言葉」を集める――新しい文芸誌の創刊に向けて 文芸評論家、藤田直哉氏インタビューより引用。とても共感し、重要だと感じました。


それでは、東日本大震災を経験した人の言葉を集めた文芸誌を作りたい!(CAMPFIRE)という、体験の言語化と共有の試み、期待しております。集まった作品が読めることも楽しみです。


東日本大震災後文学論
限界研
南雲堂
2017-03-10

藤田氏の編著。


ご著書。

堀江貴文著『すべての教育は「洗脳」である』は何を語っているのか

義務教育の「常識」を捨てろ 「好きなこと」にとことんハマれ!
(帯より)

本屋で平積みされているのを見て、随分挑発的なタイトルの本だなと思いつつ手に取ってみた。堀江貴文氏(ホリエモン)の著書を読むのはこれが初めて。2017年3月16日発売の新しい本みたい。




自分の解釈で、特に面白かった部分や重要だと思った部分について書いていきたいと思います。

本書は、教育論に見せかけた人生論・自己啓発系の内容だった

この本を一時間ちょっとで読み終えて、堀江氏が繰り返し言っていることは結局一つだった。

やりたいことは、大いにやればいい。
やりたくないことは、無理してやってはならない。(p.202)

本書でクローズアップされているやりたくないこととは、「学校のお勉強」と「会社での仕事」。
(学校については、教育論ということにもなっているのでより詳しく後述します)

そして読み終えた後に読者がするべきこともシンプルに提示されている。

まず、立ち上がろう。
そして次に、足を踏み出そう。
いくら頭の中で、「そうか、自分は思い込みにとらわれていたんだ。これからは自由に生きよう!」などと思い続けてもダメだ。今この瞬間から動き出さなければ、あなたの洗脳は解けない。
僕に感想リプライを送る前に、動き出してほしい。一人で立ち上がって、どれだけ小さくてもいいから「最初の一歩」を踏み出すのだ。(p.203)

挑戦的な「最初の一歩」を踏み出すことが大切。

そして、それを阻害するのが、学校教育による「洗脳」だと(これも後述)。ここが本書で一番ユニークで中心となる主張だと思われます。


私は、ビジネス書や自己啓発系の書籍を一時期よく読んでいた割には、このブログで記事にしたことは確か一度もなかったので、この記事を書くことを小さな「最初の一歩」にすることにしました。面白い内容で書いてみたくなったし。これくらいでもいいのかな?
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中島敦「悟浄出世」「悟浄歎異」 - 多様過ぎる考えの中で身動きできない現代人へ。青空文庫でWeb上・無料ですぐ読める短編小説

中島敦 悟浄出世

中島敦 悟浄歎異

中島敦(1909-42)といえば、教科書にも載っている『山月記』が有名ですが、私はこの『わが西遊記』と呼ばれる連作の「悟浄出世」「悟浄歎異」が一番好きです。中島敦が「僕のファウストにする」という意気込みをこめたらしいですね。
悟浄が、他人にけなされようが自分をさらけ出して教えを乞い、先へ進もうという決心をするあたりとか『山月記』との共通点も少し感じました。

この連作は、あまりにも多くの思想の中で自分がどう生きればいいのかわからなくなっている妖怪の悟浄を主人公とした作品で、情報過多で、すぐ批判が飛んでくるから行動がしにくいという現代人にとても通ずるものがあります。

私も紙の本で以前に読んで、一番印象に残っていて、まるで自分の話をされているかのようで、しかも解決策まで示してくれている重要な小説だと感じました。

そして今回再読したのですが、自然と前に読んだ時の自分と今の自分を比較していました。そうすると、やはりこの小説で描かれているように、「神のみぞ知る的な思索」はいったん横において、今と言う瞬間に夢中になって行動することは大切で、この小説から示唆を受けて生きてきて良かったと思います。

そのころ流沙河の河底に栖んでおった妖怪の総数およそ一万三千、なかで、渠(かれ)ばかり心弱きはなかった。
(中略)
また彼らは渠(かれ)に綽名して、独言悟浄と呼んだ。渠が常に、自己に不安を感じ、身を切刻む後悔に苛まれ、心の中で反芻されるその哀しい自己苛責が、つい独り言となって洩れるがゆえである。遠方から見ると小さな泡が渠の口から出ているにすぎないようなときでも、実は彼が微かな声で呟いているのである。「俺はばかだ」とか、「どうして俺はこうなんだろう」とか、「もうだめだ。俺は」とか、ときとして「俺は堕天使だ」とか。

(中島敦「悟浄出世」青空文庫より引用。以下の引用も同様)

主人公の悟浄はこういう人となり。妖怪でありながら、妙に親近感が持てる。自虐的で、今のネットにもこういう人よくいそう。あるいは、自分と似たような人を見つけて、その人に対して「お前はばかだ」という発言の形で現れることもありそうですね。


以前に読んだとき青年の私は、世界をもっとよく知りたくて、あるいは自分の進むべき道を見つけるべく、色んな哲学・心理学・文学などの本を大量に読み漁っていましたが、一向に答えは出ませんでした。そんなとき出会ったのが本作でした。悟浄の妖怪たちを訪ね歩く旅が、自分がいまやっていることと酷似しているように感じられました。

「我々のしうるのは、ただ神を愛しおのれを憎むことだけだ。部分は、みずからを、独立した本体だと自惚うぬぼれてはならぬ。あくまで、全体の意志をもって己の意志とし、全体のためにのみ、自己を生きよ。神に合するものは一つの霊となるのだ」
 確かにこれはきよすぐれた魂の声だ、と悟浄は思い、しかし、それにもかかわらず、自分の今えているものが、このような神の声でないことをも、また、感ぜずにはいられなかった。訓言おしえは薬のようなもので、※(「やまいだれ+亥」、第3水準1-88-46)おこりを病む者の前に※(「やまいだれ+重」、第4水準2-81-58)はれものの薬をすすめられてもしかたがない、と、そのようなことも思うた。

ほんと、こんな感じ。こういうことを聞いても、今日自分がする現実的な行動には結びついていきません。

隣人愛の教説者として有名な無腸公子むちょうこうし講筵こうえんに列したときは、説教半ばにしてこの聖僧が突然えに駆られて、自分の実の子(もっとも彼はかに妖精ようせいゆえ、一度に無数の子供を卵からかえすのだが)を二、三人、むしゃむしゃべてしまったのを見て、仰天ぎょうてんした。
 慈悲忍辱じひにんにくを説く聖者が、今、衆人環視の中で自分の子を捕えて食った。そして、食い終わってから、その事実をも忘れたるがごとくに、ふたたび慈悲の説を述べはじめた。忘れたのではなくて、先刻の飢えをたすための行為は、てんで彼の意識に上っていなかったに相違ない。ここにこそおれの学ぶべきところがあるのかもしれないぞ、と、悟浄ごじょうへん理窟りくつをつけて考えた。俺の生活のどこに、ああした本能的な没我的な瞬間があるか。

あるいは、こんな感じ。周りの人と話をして聞いてみても、自分には実行不可能だったり、欠点をごまかしていたりして、誰も彼もが不完全で不十分だと感じていました。なぜ彼らが生きていられるのか、疑問を持たないのかということが本気で不思議でした。

今思えば、間違っていようが悪かろうが、実際に実行可能なことは実行可能で生きていける。完璧である必要はない。誰もが不完全。そして今という瞬間に本気になって行動して、成長していくと現実的に満足するということが実感として理解できていなかったんだなと振り返ります。

こういう作中の「今という瞬間への没入」「善悪の相対性」というのは、いかにも仏教的だなと感じます。作中でも最終的に玄奘法師(三蔵法師)に出会い、人間になってともに旅をしていくわけですしね。


そして、「悟浄歎異」へと繋がっていくのですが、ここで多く語られるのは悟空の獣のような生命力に満ち溢れた生き方。悟浄は(自分と対比して)「実行の天才」と評しています。冷笑的な批評や批判、否定に満ちた現代の中で、人間としての基本に立ち返らせてくれるように感じました。
そして戦闘シーンも迫力があってかっこいい。中島敦ならこんな風に書くのかと思わされます。

中島敦がもう少し生きながらえていれば、さらなる続編が発表されていたのかもしれませんが、『わが西遊記』シリーズはこの二作しか存在していません。


中島敦 (ちくま日本文学 12)
中島 敦
筑摩書房
2008-03-10


記事冒頭のリンクから青空文庫で無料で読めますが、私は今回この紙の本で読みました。「悟浄出世」「悟浄歎異」「山月記」のほか、短編を中心に19作が含まれていて、中島敦の主要な作品のほとんどが押さえられています。漢文っぽい感じの作品が多い。以前に全部読んだけど、時間をおいてもう一度読みたくなるような作品がたくさんあった。

関連:悩める青年や過去の自分に贈りたい小説たち

[読書] 内田樹 『もういちど村上春樹にご用心』 批評本。村上文学はなぜ世界中で読まれているのか?という問いに挑む ~トラウマとその癒しという観点から読んでみる~

村上春樹の新作長編小説、『騎士団長殺し』が2017年2月24日に発売

 2017年2月24日に村上春樹の新作長編小説『騎士団長殺し』が発売される。なのでその前に、村上文学とは何かということについて考えてみたい。それにしても、このミステリのような、そしてとても精神分析学的な(フロイトとかユングとか)、このタイトルを目にしたファン達は色々と予想を巡らせているらしい。


村上春樹と批評

 私は村上春樹を愛読している。村上文学は読んでいて「これは自分にとって重要な小説だ」とか「なにかよくわからないけど、すごく面白いし癒される」と感じられるが、その正体が何なのかと問われると「よくわからない」というところが正直な本音だった。
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書いている人:konoha
この世は生き地獄。争いが果てぬ阿修羅の世界。創作の光だけが救いだ。

ネットの暗部ばかり見ている病的な人間です。
好きなものは、ハースストーン、ニコ生、格ゲー界隈の配信、syrup16g、村上春樹、ユング心理学。詳しいプロフィールはこちら。

好きなフリゲは、セラブル、アナザームンホイ、ワールドピース&ピース、ざくアク、ドグマの箱庭シリーズ、ひよこ侍、他多数。
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