影絵の木の葉 - フリーゲーム/RPG等のレビューと感想

 自称・ゲーム/ニコ生評論家が文化的なことについて、熱っぽく本音で語っていきます。

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雑記・エッセイ

  • (支援中)"【PIECES PROJECT】高校を辞めた子たちの、次の一歩を応援したい!"を、応援しています。再チャレンジについて。【クラウドファンディング】
  • 偉そうなカウンセラー/臨床心理士と、「役立たず」「冷たい」「嫌い」というクライアント達の声
  • 堀江貴文著『すべての教育は「洗脳」である』は何を語っているのか
  • 自作短編小説『桜は、窓の外にだけ咲く』@執筆企画・のべらっくす第28回
  • 中島敦「悟浄出世」「悟浄歎異」 - 多様過ぎる考えの中で身動きできない現代人へ。青空文庫でWeb上・無料ですぐ読める短編小説

(支援中)"【PIECES PROJECT】高校を辞めた子たちの、次の一歩を応援したい!"を、応援しています。再チャレンジについて。【クラウドファンディング】

一度レールを外れた人間の再チャレンジが可能な社会にしていきたい。人が人として尊重されるようになってほしい。一つずつでも変えていきたい。


【PIECES PROJECT】高校を辞めた子たちの、次の一歩を応援したい!

(※クラウドファンディングとは、ネットを介して不特定多数から資金を集めるという新しい仕組みです。読者のあなたも街頭で募金するかのように参加できます。3000円から、コンビニ払い可)


今の日本は「一度も失敗していないこと」が非常に重要視される社会だ。特に雇用において。

だから無能な官僚のように、前例を踏襲した批判されにくいだけで全く効果的でないことが実行され、本当に価値あるチャレンジや提案を行いにくくなってしまっている。そもそも、何が失敗で何が成功かなんてすぐにはわからない。歴史的な視野での検討が必要。勝手に決めつけんな。


かくいう私もレールを外れた人間だ。途中まではレールの上を行くことにひどく拘泥し、自分をだまそうと必死になっていた。しかし、そんなことをしていてもどんどん不幸になっていくだけだということに気づいて、それを辞めた。

まだまだ十分な結果は出ていないし、整備されていない道なので歩んでいくには勇気も必要だが、風通しはいい。人に歩かされているのではなく、自分の足で歩んでいるという実感がある。一日の終わりには心地良い疲労と、少しずつ良い方向へと向かっている、問題にコミットメントしているという統制感がある。
これは非常に重要だ。心が死んで日銭を稼ぐだけになってしまう人生に幸福はない。断言してもいい。なぜなら、かつての私自身がそうだったから。


人間は、社会の現状について何も知らない状態でこの世に生を受ける。迷っている人や苦しんでいる人がいて当然だ。そういう人は殺人的な視線にさらされ、ひどく孤独なことが多い。
そういう人を馬鹿にする風潮があるがそれは間違っている。人間の成長は画一的なプロセスを踏むわけではないし、唯一の正解を目指して画一的な人間にならなければならないわけでもない。

例えばユングによると、人間の成長や人生とは、個人が生まれ持った能力を開花させ実現させることだという。その際に二つの対立する概念に心はひどくかき乱されることになる。意識と無意識、外向と内向、感情と思考など。綺麗事じゃ生きてはいけないんだよ。

支援に込めた想い - なぜPIECESを選んだのか

こういう社会的弱者を支援するソーシャルグッドなクラウドファンディングはいくつか存在する。
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偉そうなカウンセラー/臨床心理士と、「役立たず」「冷たい」「嫌い」というクライアント達の声

※私は学生時代から心理学を勉強していたので、今までにそれ関連の人と関わる機会が多かった。以下は、その人達を観察してきた私見です。私の周りだけに局所的な偏りが生じていた可能性を否定するものではありません。
(ぶっちゃけ、心理学を学びたがる人は、(私自身を含めて)メンヘラ的な人が多い。他の場所で会う人と比べて、明らかにその率が多かった。)


自宅で牛乳を飲みながら、ふと昔に、心がひどく疲弊した体験を思い出してgoogleで検索してみたら、こんな記事を目にしました。

臨床心理士会を自主退会(うつ-自分にうそがつけない人たち 幸朋カウンセリングルームより)


この記事を読んで、私はとても腑に落ちました。かなりすっきりと整理されました。筆者の方、ありがとうございます。

私も今までに何人かのカウンセラー(臨床心理士)として働いている方と会って話をする機会がありましたが、他の仕事をしている方では考えにくいような人格の持ち主があまりに多かったです。
語弊を恐れずに言えば、異常というか、醜悪と言うか…。あまりに世間知らずで吹き出してしまいそうになるような、ナイーブな理想論を真顔で唱えるのって…。
なんでそんな人ばっかりがこんな大切で大変な仕事をする立場に集まってるんだ。ミイラ取りがミイラになってる。あるいは引き寄せの法則。

お互いの考え方が違う人はたくさんいますが、思い込みが激しくものの見方が現実離れしていて、「そういう意味で言ったんじゃない」と訂正しても話が通じないというか、相互理解や歩み寄りがここまで困難な人はなかなかいないと思いました。
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堀江貴文著『すべての教育は「洗脳」である』は何を語っているのか

義務教育の「常識」を捨てろ 「好きなこと」にとことんハマれ!
(帯より)

本屋で平積みされているのを見て、随分挑発的なタイトルの本だなと思いつつ手に取ってみた。堀江貴文氏(ホリエモン)の著書を読むのはこれが初めて。2017年3月16日発売の新しい本みたい。




自分の解釈で、特に面白かった部分や重要だと思った部分について書いていきたいと思います。

本書は、教育論に見せかけた人生論・自己啓発系の内容だった

この本を一時間ちょっとで読み終えて、堀江氏が繰り返し言っていることは結局一つだった。

やりたいことは、大いにやればいい。
やりたくないことは、無理してやってはならない。(p.202)

本書でクローズアップされているやりたくないこととは、「学校のお勉強」と「会社での仕事」。
(学校については、教育論ということにもなっているのでより詳しく後述します)

そして読み終えた後に読者がするべきこともシンプルに提示されている。

まず、立ち上がろう。
そして次に、足を踏み出そう。
いくら頭の中で、「そうか、自分は思い込みにとらわれていたんだ。これからは自由に生きよう!」などと思い続けてもダメだ。今この瞬間から動き出さなければ、あなたの洗脳は解けない。
僕に感想リプライを送る前に、動き出してほしい。一人で立ち上がって、どれだけ小さくてもいいから「最初の一歩」を踏み出すのだ。(p.203)

挑戦的な「最初の一歩」を踏み出すことが大切。

そして、それを阻害するのが、学校教育による「洗脳」だと(これも後述)。ここが本書で一番ユニークで中心となる主張だと思われます。


私は、ビジネス書や自己啓発系の書籍を一時期よく読んでいた割には、このブログで記事にしたことは確か一度もなかったので、この記事を書くことを小さな「最初の一歩」にすることにしました。面白い内容で書いてみたくなったし。これくらいでもいいのかな?
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自作短編小説『桜は、窓の外にだけ咲く』@執筆企画・のべらっくす第28回

短いのでたぶん5分くらいで読めます。

【第28回】短編小説の集いのお知らせと募集要項(※必読) - 短編小説の集い「のべらっくす」に参加しています。お題に沿って各自で短編小説を書いて、お互いに感想を付けあったりする企画のようです。
今回ははてなブログ以外からも受付しているとのことなので、ライブドアから初参加します。はてなの文化をよく知らないので、何か失礼があったらすみません。


お題は、「桜の季節」。


『桜は、窓の外にだけ咲く』



まず、第1志望の大学に落ちた。


続いて、第2志望の大学に落ちた。


最後に、第3志望の大学に落ちた。



そして、春が来た。来てしまった。


綾子は死体のような目をして、ゴミが散乱した自分の部屋のベッドで横たわっていた。小さめのテーブルの上には、いくつかのカップラーメンの残飯が変な臭いを放っている。コバエがその上を巡回していた。その軌道を目で追う。視線を中空にさ迷わせる。

そうすると、嫌でも本棚の参考書が目に入ってくる。数学……英語……化学……、なぜあのときああしなかったのか、綾子の意識は過去に向く。無限に続く螺旋階段を下りていくかのように、思考がループする。暗闇の中へ。


窓の外では、桜の花びらが一つ、また一つと散っていた。ひらり、ひらりと。厳しい冬を越えてきたというのか。ちょっと前まで冠雪したゴボウみたいな木の枝だったのに。でも今はほんのりと自信に満ちた表情で色付いている。差し込んでくる太陽がまぶしい。


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中島敦「悟浄出世」「悟浄歎異」 - 多様過ぎる考えの中で身動きできない現代人へ。青空文庫でWeb上・無料ですぐ読める短編小説

中島敦 悟浄出世

中島敦 悟浄歎異

中島敦(1909-42)といえば、教科書にも載っている『山月記』が有名ですが、私はこの『わが西遊記』と呼ばれる連作の「悟浄出世」「悟浄歎異」が一番好きです。中島敦が「僕のファウストにする」という意気込みをこめたらしいですね。
悟浄が、他人にけなされようが自分をさらけ出して教えを乞い、先へ進もうという決心をするあたりとか『山月記』との共通点も少し感じました。

この連作は、あまりにも多くの思想の中で自分がどう生きればいいのかわからなくなっている妖怪の悟浄を主人公とした作品で、情報過多で、すぐ批判が飛んでくるから行動がしにくいという現代人にとても通ずるものがあります。

私も紙の本で以前に読んで、一番印象に残っていて、まるで自分の話をされているかのようで、しかも解決策まで示してくれている重要な小説だと感じました。

そして今回再読したのですが、自然と前に読んだ時の自分と今の自分を比較していました。そうすると、やはりこの小説で描かれているように、「神のみぞ知る的な思索」はいったん横において、今と言う瞬間に夢中になって行動することは大切で、この小説から示唆を受けて生きてきて良かったと思います。

そのころ流沙河の河底に栖んでおった妖怪の総数およそ一万三千、なかで、渠(かれ)ばかり心弱きはなかった。
(中略)
また彼らは渠(かれ)に綽名して、独言悟浄と呼んだ。渠が常に、自己に不安を感じ、身を切刻む後悔に苛まれ、心の中で反芻されるその哀しい自己苛責が、つい独り言となって洩れるがゆえである。遠方から見ると小さな泡が渠の口から出ているにすぎないようなときでも、実は彼が微かな声で呟いているのである。「俺はばかだ」とか、「どうして俺はこうなんだろう」とか、「もうだめだ。俺は」とか、ときとして「俺は堕天使だ」とか。

(中島敦「悟浄出世」青空文庫より引用。以下の引用も同様)

主人公の悟浄はこういう人となり。妖怪でありながら、妙に親近感が持てる。自虐的で、今のネットにもこういう人よくいそう。あるいは、自分と似たような人を見つけて、その人に対して「お前はばかだ」という発言の形で現れることもありそうですね。


以前に読んだとき青年の私は、世界をもっとよく知りたくて、あるいは自分の進むべき道を見つけるべく、色んな哲学・心理学・文学などの本を大量に読み漁っていましたが、一向に答えは出ませんでした。そんなとき出会ったのが本作でした。悟浄の妖怪たちを訪ね歩く旅が、自分がいまやっていることと酷似しているように感じられました。

「我々のしうるのは、ただ神を愛しおのれを憎むことだけだ。部分は、みずからを、独立した本体だと自惚うぬぼれてはならぬ。あくまで、全体の意志をもって己の意志とし、全体のためにのみ、自己を生きよ。神に合するものは一つの霊となるのだ」
 確かにこれはきよすぐれた魂の声だ、と悟浄は思い、しかし、それにもかかわらず、自分の今えているものが、このような神の声でないことをも、また、感ぜずにはいられなかった。訓言おしえは薬のようなもので、※(「やまいだれ+亥」、第3水準1-88-46)おこりを病む者の前に※(「やまいだれ+重」、第4水準2-81-58)はれものの薬をすすめられてもしかたがない、と、そのようなことも思うた。

ほんと、こんな感じ。こういうことを聞いても、今日自分がする現実的な行動には結びついていきません。

隣人愛の教説者として有名な無腸公子むちょうこうし講筵こうえんに列したときは、説教半ばにしてこの聖僧が突然えに駆られて、自分の実の子(もっとも彼はかに妖精ようせいゆえ、一度に無数の子供を卵からかえすのだが)を二、三人、むしゃむしゃべてしまったのを見て、仰天ぎょうてんした。
 慈悲忍辱じひにんにくを説く聖者が、今、衆人環視の中で自分の子を捕えて食った。そして、食い終わってから、その事実をも忘れたるがごとくに、ふたたび慈悲の説を述べはじめた。忘れたのではなくて、先刻の飢えをたすための行為は、てんで彼の意識に上っていなかったに相違ない。ここにこそおれの学ぶべきところがあるのかもしれないぞ、と、悟浄ごじょうへん理窟りくつをつけて考えた。俺の生活のどこに、ああした本能的な没我的な瞬間があるか。

あるいは、こんな感じ。周りの人と話をして聞いてみても、自分には実行不可能だったり、欠点をごまかしていたりして、誰も彼もが不完全で不十分だと感じていました。なぜ彼らが生きていられるのか、疑問を持たないのかということが本気で不思議でした。

今思えば、間違っていようが悪かろうが、実際に実行可能なことは実行可能で生きていける。完璧である必要はない。誰もが不完全。そして今という瞬間に本気になって行動して、成長していくと現実的に満足するということが実感として理解できていなかったんだなと振り返ります。

こういう作中の「今という瞬間への没入」「善悪の相対性」というのは、いかにも仏教的だなと感じます。作中でも最終的に玄奘法師(三蔵法師)に出会い、人間になってともに旅をしていくわけですしね。


そして、「悟浄歎異」へと繋がっていくのですが、ここで多く語られるのは悟空の獣のような生命力に満ち溢れた生き方。悟浄は(自分と対比して)「実行の天才」と評しています。冷笑的な批評や批判、否定に満ちた現代の中で、人間としての基本に立ち返らせてくれるように感じました。
そして戦闘シーンも迫力があってかっこいい。中島敦ならこんな風に書くのかと思わされます。

中島敦がもう少し生きながらえていれば、さらなる続編が発表されていたのかもしれませんが、『わが西遊記』シリーズはこの二作しか存在していません。


中島敦 (ちくま日本文学 12)
中島 敦
筑摩書房
2008-03-10


記事冒頭のリンクから青空文庫で無料で読めますが、私は今回この紙の本で読みました。「悟浄出世」「悟浄歎異」「山月記」のほか、短編を中心に19作が含まれていて、中島敦の主要な作品のほとんどが押さえられています。漢文っぽい感じの作品が多い。以前に全部読んだけど、時間をおいてもう一度読みたくなるような作品がたくさんあった。

関連:悩める青年や過去の自分に贈りたい小説たち
書いている人:konoha
この世は生き地獄。争いが果てぬ阿修羅の世界。創作の光だけが救いだ。

ネットの暗部ばかり見ている病的な人間です。
好きなものは、ハースストーン、ニコ生、格ゲー界隈の配信、syrup16g、村上春樹、ユング心理学。詳しいプロフィールはこちら。

好きなフリゲは、セラブル、アナザームンホイ、ワールドピース&ピース、ざくアク、ドグマの箱庭シリーズ、ひよこ侍、他多数。
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