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別に盗み聞きをしていたつもりじゃない。

その喫茶店の店内はこじんまりとしていた。さらに二人の男性のうちの一人は、自分の信念や情熱を傾けているトピックについて語るとき、声が大きくなるという癖があるようだった。

その会話は自然と耳に入ってきた。しかし迷惑というほどではなく、むじろほほえましさを感じさせるようなものだった。

それほど重要ではないと考えられているトピックについては、聞こえてこない。聞き手に回っているもう一人の男性の言葉もよく聞き取れない。それくらいの距離感だった。


(※この記事は以前にnoteに投稿したものをブログにも持ってきています。最近はnoteで書くことが増えてきています。ツイッターをフォローしておけば、スムーズにアクセスできます


積極的に話しているほうの男性は、少し日に焼けていて30歳手前くらいに見えた。昔は(あるいは今でも)スポーツをやってましたという風貌だ。髪型もきっちりソフトモヒカンに刈り上げられている。

私が店内に入って席に着き、注文してからカフェオレが運ばれてくるまでの間に、彼は自社の人材教育の在り方について熱く語っていた社長か何かなのかな。少し苦手かも、という第一印象を持った。


聞き手に回っているほうの男性は、スーツの後ろ姿しか視界に入ってこない。

しかしその後ろ姿は繊細さと人間的な奥行きを感じさせ、その若い社長(?)が話し相手に選ぶのもうなずけるというような気がした。距離的に声はよく聞こえないし、やはり後ろ姿しか見てないけど。


こうして、私はいつもの近所の喫茶店であまり聞きたくないトピックを耳に入れることになってしまった。休日の昼下がりだった。本やスマホに意識を集中しようとしてもうまくいかなかった。

この話題に警戒心を抱いた理由は、過度な(そして無駄な)ストイックさを一方的に要求し、従業員を恫喝したり罪の意識に付け込んで人を動かそうとするブラック企業的な話を聞かされるのではないかと思ったからだ。

そしてそういう人物に限って、自らの正しさを陶酔感とともに確信しており、おのれの行動や言動をフェアに振り返ることはない。意気揚々と語るだろう。自らの罪を功績のごとく。

もしそうだったら、注文したカフェオレを急いで飲み干し、5分以内に店を出ようと考えていた。


しかし、事情はどうやら違っているらしい。

彼曰く、人材の育成は長い目で見て行い、従業員の適性によって対応を変えるとのことだ。そして信頼関係を築くことを重視しているらしい。休むこと、力の抜き方が大事。楽しみながらいっしょに進みたいと語っていた。


……まだ安心はできない。言っていることとやっていることが全く違う人物もいる。この人物は本物なのか、そう見せかけたいだけの偽物のどちらなのか。勝手に知りたくなる。心が向く。


まず声色からして、偽物ではないという気がした。それは偽物が本物を装うための意図的な声色の調整ではなく、自然な実直さを感じさせた。

この人は周りから信頼されているだろうと思った。

さらに、彼の言葉にはしっかりとした体感があった。実践家特有の意外にも思える本音があった。自分の頭で考えず、誰かの美辞麗句をそのまま言って悦に浸る人物とのはっきりとした違いを感じさせた。


そのとき店員のおばさんが、ランチサービスを宣伝する外の看板を店内にしまいこんでいた。時間は15時を過ぎたらしい。

そして、私のテーブルに注文したカフェオレが運ばれてきた。さっそく口にすると、コーヒー由来のほろ苦さと甘さ控えめなクリームがよくマッチしていた。


問題の彼らの会話は、ウォーミングアップのような軽い話、関心のある重要なトピック(ここが聞こえてきた)、そして少しの沈黙、再びの軽い雑談や思い付きの話、という風に推移しているように見えた。

普通の大きさの声で話している部分は聞こえてこないので、推測も含まれている。会話の流れの典型的なパターンの一つだと思ったけど、そんな風に理解したいだけなのかもしれないとも思った。


店内にある種の静けさと調和が戻ったころ、私は思った。彼は有能で実直な実践家だと。

そしてユニークさもある。自分の価値観や世界観も持っている。

「宇宙人からみた地球人はどう見える? 地球人からみた宇宙人は? お互いに見落としがあるんじゃないか? そういう観点も含めて自社を世界一にしたい」とも語っていた。


以前の私なら、自分が持っていない数々のものを持っているこの人物に対して劣等感を刺激され、辛い気持ちになっていただろうと思った。


しかし今は、そう感じなかった。
自分には自分のやり方がある。

大切なものや人を失わないためにも偽物と本物を見極めることは必要だけど、優れているものを認めたくないがゆえにうがった見方をすることは避けたい。


そう思えたのは、自分の中にがあるからだ。誰に何と言われようと自分はこういう人間だ。目指すべき方向性と手を出さない領域を定めている。

……昔はそれがなかった。吹けば飛びそうな状態だった。「不正解」は抱えきれないくらいコレクションしていたが、「正解」は一つも持っていなかった。


彼はおそらく若くして社長であり、実力や人格もおそらく備わっている。従業員からも慕われていそうだ。

だからといって、自分が悪いわけじゃない。船頭多くして船山に上るとも言う。


ここは近所のいつもの喫茶店、特別おしゃれな有名店等ではなくどこにでもある普通の店だ。(その分、この周辺に暮らす人々のリアルな息づかいが感じられたりするのが好きだけど)

そこに立ち寄って400円のカフェオレを一人で飲んだだけで、このnoteを書けるだけの感想を得た自分を誇りたい。

自分が自分であることを誇る そういうヤツが最後に残る
(Kダブシャイン「ラストエンペラー」、世界遺産より)


世界遺産
K DUB SHINE
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
2003-01-29




最近はあまり自虐する気にならなくなってきた。自分を卑下しておけば一部の人間は納得した風になるかもしれない。でもそんな人間を納得させたいとは思わない。

自虐が苦難を乗り切るためのユーモアになっていたら実践的だ。しかし悲劇のヒロイン的なナルシズムだとちょっとな、とも思う。

それもそれで自分の心を守るための一つの機能なんだろうし、あんまり注文をつけたり文句を言うみたいなことは好きじゃないけど。可能な限り自由であってほしい。

「悪い人間」でありたい。「不適切な人間」でありたい。いつもそう思っている。


昨日の夜、アマゾンプライムで聴いた"狐火"というラッパーの曲がふと思い浮かんだ。

あんなふうに自分が見たものを臨場感をもって表現したいなと思った。良いものは良い、悪いことは悪い、嬉しいことは嬉しい、不安なことは不安だと言っていきたいと思った。


二人組の男性は、レジで会計を済ませて出ていこうとしていた。その際に店員のおばさんと珍しい硬貨があるとか何とかで軽く談笑していた。


彼らが店を出た後、店員のおばさんと厨房のおじさんが改めてその話をしていた。まだ二人の気配の残滓が店内にあった。窓の外には曇り空が浮かび、少し暗くなっていた。電信柱と電線の間からそれが確認できた。


中には私ともう一組のお客さんがいた。

クラシック音楽が相変わらず一定の調子で流れていた。曲名はわからなかった。そして、私はまた本に目を落とした。



(このnoteの内容は基本的に実話ですが、プライバシー等に配慮した表現に変えている部分があります)


あとがき

今回は書いているうちに私小説風になりました。

一つのnoteごとに何か新しい要素を入れたい。変化せずに同じことばっかりだと、書くほうも読むほうも飽きてくるね。


投稿する前に自分が書いたものを読み直していると、何か物足りなさを感じることがよくある。それを今すぐには改善できなかったりもする。

(完成度50%くらいまでならすぐ書けるけど、仕上げるのにかなり時間がかかる。今回のnoteも時間かけすぎ。3日くらいかかった。文章がうまいタイプじゃないのにうまく書こうとしすぎたのかな)

それでも投稿していく。下書きにため込んでいても前に進めないだろうから。まずは量をこなしたい。楽しみつつ。日々実験的に。


ちなみに、今回の場所は1か月半前に書いた休日の喫茶店に隠れているもののときと同じ喫茶店です。

同じ場所での話だけど、かなり違うテイストに書けたという点では満足しています。自分の書いたものの良い部分と悪い部分をフェアに見ていかないと、結局クオリティも上がらないからね。


あと今回のnoteでは少しだけHIPHOPの話も出てきますが、note公式にも5月11日のコンテンツ会議で紹介された私は何かを殺さないために、何かを攻撃する文章を書いているでもっと熱く語っています。

他にもHIPHOPの魅力を紹介するnoteとしては、

自分がHIPHOPという音楽にハマった理由』(youtubeですぐ聴けるミュージックビデオ埋め込んでます)
「ill」(悪い、病気の)であることはかっこいいという、HIPHOPの価値観が好きだ。

を書いています。

私が書いているnoteに多少なりとも共感する部分がある人は、HIPHOPとも相性が良い人が多いと思うのでぜひ聴いてみてほしいな。

(偽善やごまかしに対する)怒りやストレスを消化してすっきりするための良い方法になりえます。音楽的にも他のジャンルとははっきり違う独自のかっこよさがある。


※この記事は以前にnoteに投稿したものをブログにも持ってきています。最近はnoteで書くことが増えてきています。ツイッターをフォローしておけば、スムーズにアクセスできます



  
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この記事を書いた人

konoha  konoha/コノラスTwitter [つぶやきと更新通知]note [喜怒哀楽に全力な日記]

 「良い作品と出会い、より深く楽しむためのレビュー・批評、そして思い出」を発信しているブロガー。好きなゲーム・音楽・文学などを全力で語る。嫌いな言葉は「明るく」「協調性」「頑張る」。学校が嫌いだった。近頃はnoteで、過去の重い話や好きなことで生きていくための歩みを書いている。

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