ハフポスト日本版というニュースサイトの、『#だからひとりが好き』という企画がすばらしいと思いました。

とくに後述の3つの記事が良く、私も自分の体験を書きたくなったので綴っていきます。
あとツイッターのハッシュタグ#だからひとりが好きも。


まず引用します。

ハフポスト日本版は、自立した個人の生きかたを特集する企画『#だからひとりが好き』を始めました。

学校や職場などでみんなと一緒でなければいけないという同調圧力に悩んだり、過度にみんなとつながろうとして疲弊したり...。繋がることが奨励され、ひとりで過ごす人は「ぼっち」「非リア」などという言葉とともに、否定的なイメージで語られる風潮もあります。

企画ではみんなと過ごすことと同様に、ひとりで過ごす大切さ(と楽しさ)を伝えていきます。読者との双方向コミュニケーションを通して「ひとりを肯定する社会」について、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。





いいですねー。とても共感しました。こういう考え方、もっと広まれ!
私もその一助になれるように自分の体験を語っていきます。


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小学校~中学校(と、当時と今のネットの雰囲気比較)

私も小さいころから学校が嫌いでしたが、中学校までは真面目に休むこともなく思考停止で通ってました。そういうものなんだろうな、自分がおかしいんだろうなと思いながら。
表面上は問題も起こさず。具体的に嫌な人がいるというわけでもなく。

いま思えば、小学生の頃から異常が見られました。
それは「モノをなくしたりすることへの恐れ」が妙に強いということ。ストレスあったんだろうな~。
そしてこれは長い間、尾を引きます。

後で気がついたのですが、それは「自分には何かを新たに手に入れる能力がない」という意識が原因だったように思います。それは学校生活を通じて学習してしまった誤った認識でした。

小学生のこの時期は、友達はむしろ多い方。人間関係で苦労した覚えはありません。勉強も難しくなかった。


中学生になると一転して内向的になり、友達も全くいないわけじゃないけど浅い付き合いの人が少数という具合でした。

「ここは自分がいるべき場所じゃない、居場所がない」という意識が強く、20歳までに自分は死ぬのだろう、自殺するのだろうと漠然と思ってました。でもこんな風に考えているのはおかしいことで、あまり人には話さないほうがいいと思っていました。


でも、ネットが支えになってましたね。ゲームに強い関心を持っていてよく遊んでいました。

そのうち、自分でも作りたくなってきました。そのためにはプログラミングの勉強が必要でした。

ネット上の情報を参考に、独学で見よう見まねで学びました。学校の勉強よりもずっと楽しかったです。
そして、当時は今ほどネット上で情熱的に活動している人が多くなかったので、中学生の自分が完成させて公開したゲームは、けっこう多くの人にプレイされました。
もしかしたら、今の自分よりも中学生の頃の自分の方が有名だったまでありますww

当時の自分はリアルの人付き合いには困難を感じていたけど、ネット上の人付き合いは物怖じしないというか、怖さを知らないというか、そういうところがありました。ネット上には友人も多かったですね。長い付き合いになった人もいました。

そして、今よりもネットがずっと優しかった。今思えば無茶なことやったり馬鹿なこと言ってたけど、炎上したり、匿名・捨て垢でディスってくるような人はほとんどいなくて、暖かい場所でした。

今はネット自体が、日本自体があまりにもストレスフルでみんな苦しんでいて、余裕がない人が増えたなと感じています。怒りやすかったり、批判を恐れている人がとても多い。

匿名で、(ときには「てきとーにやってます感」を出して)、一方的に大勢で誰かを攻撃することが好きな人が多いように思えます。そういうのって中毒的な快感があるみたいですね。

「○○障害」とか、医師でもなく医学的根拠もなく勝手な診断を下すのはどうかと思いますけどね。
ネットでこういうことを言うのはまじめすぎるかもしれないけど、本当にそういう病気や困難で苦しんでいる人もいるだろうに…。言葉の暴力に使うなら、せめて別のネットスラングにしませんか?


高校~大学

高校生になったら受験勉強に追われて、ネットや創作活動をする時間がめっきり減りました。
それらと関係があるのかはわかりませんが、精神的な不調が強まっていきました。
10代の頃って多かれ少なかれ多くの人が感じていることだという面もあると思いますが、強い孤独感を覚えることが増えました。

別に学校に友人がいなかったわけじゃないです。友達は普通にいました。友達がいないとか、そういうタイプの孤独ではなかったですね。
学校の外で遊ぶような関係の人も数人いました。でも、なんていうか、常に「好かれる人間」を演じているような感覚がありました。道化を演じているかのような。太宰治の人間失格じゃないけど。

「自分は人の期待に応えなければならない」「常に合理的に行動しなければならない」「そうでなければ罪深い」のような意識に苛まれていたし、実際に周りの大人たちは常にそういう風にささやきかけてきましたし、従わなければ「頭のおかしい馬鹿・未熟な人間」として罰しようとしてきましたね。

余談:私は同じ小説を何度も読むタイプじゃないけど、人間失格<人間失格 [Kindle版]>は3回読んだ。太宰治の自意識が溢れすぎている感じとか、「強い恥の意識」「罪悪感」の描き方はまさに天才。青空文庫でウェブ上・無料で読める短編では、「」と「燈籠」(女生徒 (角川文庫) に含まれている)がおすすめなので、ぜひ読んでみてね。あとは中島敦とか。

中島敦「悟浄出世」「悟浄歎異」 - 多様過ぎる考えの中で身動きできない現代人へ。青空文庫でWeb上・無料ですぐ読める短編小説

がんばって書いた割には読まれてない記事を宣伝しときますww 上述の記事で図書館と本の話題あったしね。)


話がそれました。
特に親しい友人の間では、お互い本音を語ることもありましたが、それはそれで別の地獄が待っていましたね。

救われそうに見えるけど本当は人を救わない救いは、無い方が楽なのかもしれない。人と人とは簡単にわかり合えない。
あまり特定の人間や場所に固執せず、柔軟に場所を変えたりネットで活動するのがいいんじゃないでしょうか。

でも、トータルで見たらいい経験だったんじゃないかなあ。当時は死にかけてたけど。誇張表現じゃなく。
そう思いたいだけなのかな。他の選択肢のほうがずっとよかったのかもしれない。そんな気もする。


この時期は、なぜかめちゃくちゃ遅刻が多かったです。

そして手前味噌で失礼しますが、下手に勉強でそれなりの結果が出ちゃったのが運の尽きでしたね。
「自分にそれほど向いていないことを、無理して頑張って結果を出す」というのは、うつ病になる典型的パターンみたいですね。

漫画のうつヌケにそういう話がたくさんありました。この漫画はコミックエッセイ的で、漫画としての表現の繊細さはあまり感じなかったけど、内容は劣悪な労働条件で働く日本人にとって重要なので、自分の身を守るためにもおすすめですね。




あんまり「学生に言いたいこと!」みたいなものを書くのは好きじゃないけど(時代は変わる。その世代特有の困難がある)、昔の自分へは「行く大学で人生は大して変わらないので勉強はほどほどに、もっと他にやることが10代にはたくさんあるよ」「勝手にわかったふりして一般化して、自分の苦しみをひとことで片づけようとする悪意のある人には近づくな」、と言いたいです。


大学へ入ったら入ったで、リア充だの非リアだのみたいな感じの、今から思えばどうでもよすぎるような嵐が吹き荒れていました。しかしそれは、人を殺しうる圧力を持った嵐でした。
全く本質的ではない、見掛け倒しのことばかりが評価の対象になるような強い空気が蔓延していました。窒息しそうでした。

友達が多いとか、イケメンだとか、かわいいだとか、興味がある人はやればいいけど、それは絶対の価値観ではありません。私はどうでもいいと思っています。もっと大事なことが本当は他にたくさんあった。
ある時にそのことに気づいて、なるべく人と付き合わず一人でいるようにしたら、だいぶ楽になりました。心も身体も、調子がはっきりと上向いていきました。信頼している・尊敬しているごく少数の人間とだけ付き合うようにしました。


その時期から図書館にこもって、ものすごい勢いで小説・哲学・心理学を読み始めました。それまでも読んではいたけどかなりペースアップしました。
自分を偽った人間関係の維持や、自分の苦手分野の克服を放棄して(さんざんやって、無理だとわかった)、強みを伸ばすことに集中し始めました。意識的にやったというより、それが自分にとって本質的なことなので自然と楽しんでやるようになりました。

色んな人が言っている手垢のついた言葉ですが、「強みを伸ばせば、弱みをケアする必要はなくなる」ということをのちのち実感しました。

すぐに結果は出ませんでしたし、自分が向かっている地点も見えていませんでした。今もまだ大した成果は出せていないけど、10代の頃よりはずっと楽に、なんとか生きていくことは出来ていますね。あのままだと自分は確実に死んでいた。それだけは断言できる。

思考はひげのようなものである。成長するまでは生えない。
(ヴォルテール:フランスの哲学者)

結局、苦しんでやった勉強は今となっては血肉にならずほとんど忘れてしまったけど、楽しんでやった勉強は今でも自分の中に脈づいていますね。
中学生の頃に勉強したプログラミングとHTML・CSSの知識と技術。今でも覚えてるし使えるよ。自転車の乗り方とか、プールの泳ぎ方みたいなものに近い。

読書が提供してくれた、学校という狭い牢獄のような場所とは違う価値観。それに加えて、あと音楽は大きな支えになっていましたね。syrup16gとかブルーハーツとかTHE BACK HORNとか。出会わなければ死んでいたと思う。

関連「疲れた」「消えたい」「イライラする」という方へ、音楽アルバム5選

おしまい。


先月からツイッター始めました。日々の葛藤や考えたことについてもつぶやいているので、@sdw_konohaをフォローや、いいね・リツイートお願いします!  とても喜んでモチベ上がります。
  
この記事を書いた人

konoha  konohaTwitter [ブログの更新通知も]note [毒々しい創作関連]

 「良い作品と出会い、より深く楽しむためのレビュー・批評、そして思い出」を発信しているブロガー。好きなゲーム・音楽・文学などを全力で語る。ニコ生と某掲示板ばかり見ている病的な面も。息苦しい国だけどマイペースに、人どうしの違いを大切に。 嫌いな言葉は「明るく」「協調性」「頑張る」。学校が嫌いだった。

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